定年待てないオヤジの日記

こころはもう、定年後の自由生活を夢見てる、オヤジの生活日記です。

音楽鑑賞(ジャズ)



また最近聴いた、ジャズのCDです。




①ドリス・ディ(vo)&アンドレ・プレヴィン(p)=デュエット

1961年録音
ポップス歌手(唄うバービー人形と言われたようです。女優業も有名です)
として認識していたドリス・ディがジャズ歌手としてこんなにうまいとは
知りませんでした。さすがに華を感じる歌唱です。
1曲目(クローズ・ユア・アイズ)は最高です。11曲目もいい歌唱です。
アンドレ・プレヴィンの(p)もクリアな音色ですし、とても好感が持てる
演奏です。ほとんどスローなバラード曲のアルバムですが、
ピアノ伴奏もあり、やはりジャズ・クラブで聴いている感じがします。



②カーラ・ブレイ(p、vo)=ディナー・ミュージック

1976年録音
時代的にもそうですが、フュージョン感いっぱいのアルバムです。
年代は70年代でECM盤ですが、録音はそれほど良くない気がします。
4曲目での(Vo)が中々いいですし(ジャズボーカルという感じでは
ないですが)、フュージョンらしい5曲目もいい歌唱です。
スタジオで聴いている雰囲気を感じます。



今日は朝からずっと雨で珈琲店には行けませんでした。
左足の膝裏に痛みがあり(以前整形外科でガングリオンがあると言われる)
最近はあまり散歩には行っていません。
階段などもむかしは何も意識せずに上り下りしていましたが、このごろは
注意しながら上り下りすることもあり、年令を感じてしまいます。

音楽鑑賞(ジャズ)



少し前にオーディオで聴いたジャズのCDです。




①ヘレン・メリル(vo)=ヘレン・メリル・ウイズ・ストリングス

1955年録音
「ニューヨークのため息」と称されて、TVCMにも使われた歌手です。
ハスキー・ボイスで日本人好みの哀愁があって、甘美でもある歌唱です。
ウイズ・ストリングス(片面)なのでより魅力が増しているかも・・。
記憶違いでなければ、70~80年代に京都に住んでいた時期があった
と思います。
ささやくような歌い方でもあるので、すぐ目の前で歌っている感じもして
小さなジャズ・クラブで聴いている気もしますが、ウイズ・ストリングス
なのでやはりスタジオなどで聴いている雰囲気をより感じます。



②デイヴ・マッケンナ(p)=ソロ・ピアノ

1973年録音
ピアノの音が美しい白人ピアニストです。録音状態もよく、べたですが
心が洗われる感じがする演奏です。11曲目のイエスタデイ(ビートルズ
の曲とスタンダードの同名曲を織り交ぜた1曲です)がいい演奏です。
年代としては、ハード・バップ世代の人ですがスウィング・ピアノです。
小さなジャズ・クラブで聴いている雰囲気がします。



今日は昨日から一転して暑さが戻ってきました。


音楽鑑賞とはいっても最近はほとんどジャズばかり聴いています。
母の納骨がまだで、隣の部屋にお骨があるので、わりと静かなピアノ・
トリオ曲を中心に聴いて(自宅カフェも含めて)います。

朝の散歩と雑誌記事(東西の女帝&ジャズピアニスト大西順子)



今朝、珈琲店へ行くコースで散歩に行ってきました。
明日は1日雨が降るようですし。





いい天気でした。まだ梅雨になっていませんが、少し湿気を感じる
暑さになってきました。


店内の写真を忘れてしまいました。


朝顔がきれいでした。

今朝の調整池です。



珈琲店で読んだ雑誌記事ですが、


いつものように林真理子氏のコラムを面白く読んでから、ページを
めくると上沼美恵子氏のコラムがありました。
今まで興味がなかったのか、気が付かなかったし読んだこともあり
ませんでしたが、読んでみたら面白かったです。
本人は「西の女帝」と言われているが、「東の女帝」についての話
でした。20数年前に大阪の番組に来られた時、名刺をピットだし、
「悪用しないでね」と渡してきたそうです。「するか!」と心の中
で叫び、「その名刺で500円のたこ焼きが200円になるなら、
悪用するが何の役にも立たへんやないか!」と思ったとのこと。
しばらくして局の偉い人が来ると、「もっと早くあいさつに来なさ
いよ」と偉そうに言うてはりました。とのことで「嫌な女でした。」
と、ここまでハッキリ述べられていました。(すごいなと思いつつ)
偉くなっても人間は、愛嬌、温かさを失ったらダメ、あの時のあなた
の冷たい態度は、人の上に立つ立場のそれではなかった。
せめて体中にカイロでも貼って、体温だけでも上げたらどうかと続き
「あ、カイロは禁句でしたっけ。」で締められていました。



もう一つはジャズピアニストの大西順子氏のコラムですが、
(名前は知っていましたが、聴いたことはないです。結構有名だと思
いますが、比較的最近の、特に日本人のものはあまり聴いていません)
兄の影響でジャズに目覚めて、バークレーに留学し、いろいろ苦労を
しましたがうまくゆかず、あきらめて帰国の飛行機チケットも買い、
最後にあるジャズクラブに聴きに行ったとのことです。
店内は満席で、やがてショーの終わりにジャムセッションが始まり、
希望する観客が次々に飛び入りでバンドの演奏に参加しましたが、
その日は希望者も多く、ピアニストが疲れて「誰か、俺の代わりに
弾いてくれる?」と言ったときに思い切って手を挙げたようです。
結果観客に受けて、バンドリーダーから指名され、元のピアニスト
は即日クビで(アメリカらしい)翌週からピアノを弾くことになり、
また客席にはレコード会社の人もいてアルバムを出すことにもなった
とのことでした。
やがて帰国し、しばらくは箔もついて仕事もあったようですが、音楽
のトレンドも変わって仕事もなくなり、母親の介護でスーパーの
アルバイトもやらざるを得なくなり、ある時ステージで引退表明を
したところ前からファンを公言していた村上春樹氏と連れられて来て
いた小澤征爾氏が客席にいて反対されたとのこと。小澤氏から共演を
申込まれて、サイトウ・キネン・オーケストラと共演してまた仕事
も来るようになり、母親は施設でお世話してもらうことにし、仕事
を充実させその費用も出すべく頑張っているとのことでした。
人生のストーリーと機微を感じる内容でした。